チャンピオンの日

08_05_19NO_187.jpg突然ですが、このブログがリリースされる5月19日は「チャンピオンの日」だそうです。または「ボクシング記念日」とも言うとか。1952(昭和27)年の5月19日、挑戦者の白井義男が世界フライ級チャンピオンのダド・マリノに判定勝ちし、日本初のボクシングのチャンピオンになったことから名付けられたそうです。

2008年5月19日現在、日本ジムに所属する現役の世界チャンピオンは5人いますが、これはボクシング興行が最も盛んだったと言われる昭和40年代にも匹敵する人数だそうです。ちょっとビックリってカンジですが、ボクシングと言うとタケムラの中でいつも思い出すのが、元プロボクサーで現在タレントの赤井英和さんです。

今でこそタレントとしてバラエティに俳優にと大活躍の赤井さんですが、ボクシングの現役選手時代には「浪速のロッキー」とあだ名されるほど、当時世界チャンピオンだった日本人選手をも凌ぐ大人気でした。その人気のスゴさは、当時日本ランカーだった赤井さんの試合がある日には、朝日放送でテレビ中継されるなど異例の扱いを受けていたことからも、うかがい知ることができます。

その頃、まだ小・中学生だったタケムラは、赤井さんの試合がある日は、夜11時頃からのボクシングの録画中継をとても楽しみにしていました。そして試合の翌日には関西ローカルの朝のテレビ番組「おはよう朝日です」に赤井さんが出演して、前日の試合を振り返る姿を見てから学校に行くのが当時の習慣でした。

ジュニアウェルター級(現スーパーライト級)で世界ランク4位まで登り詰めた赤井さんは、当時のWBC世界チャンピオンであるブルース・カリーに挑戦しますが、惜しくもKOで敗れます。そのあとの復帰戦の最中、試合中の事故により一時は生死をさまようことになるのですが、懸命の治療の甲斐あって奇跡的に生還します。その後の赤井さんはボクシングを引退しますが、もし彼が負傷せずにボクシングを続けていたら、あるいは世界チャンピオンになっていたかも、と思った方も多いことでしょう。赤井さんは世界チャンピオンになることはできませんでしたが、記録よりも記憶に残るボクサーとして、今もタケムラの中に強烈に印象づけられています。

ところでボクシングの試合と言えば、プログラムの印刷を始め、ポスターやチケットに販促用の印刷商品など、とても多くの印刷物が出回ります。印刷とは結構縁が深いんですよね。タケムラも制作をやってたときに、あるボクシングの試合のプログラムに載るスポンサーの広告を制作したことがありますが、刷り上がりを見たとき、とてもうれしかったことを思い出します。ちなみにそのプログラムは、選手を紹介するページがとてもカッコよくデザインされていたのですが、あのボクサー(赤井さんと違います)は今でも頑張っているのかな? ふと思い出す今日この頃です。

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